Newsletter vol.27 論語と算盤とSDGs① <序>
新連載によせて
先月で連載が終了した『もしドク』に対する続編リクエストや温かい励ましのお声を頂きました事、お礼申し上げます。今月からは少し趣向を変えて『論語と算盤とSDGs』をテーマにニュースレターをお届け致します。
弊社アスカコネクトでは、「Digitalと人材育成で中小製造業を強くする」をモットーに製造現場の改善活動のお手伝いや、各種プロジェクトの実行、研修、経営相談等のお手伝いをさせて頂いております。ある時、弊社をご利用頂く企業様の多くが「地域未来牽引企業」や「優良申告法人」といった優良企業であることに気づきました。経営も内情も健全な企業だから外部のコンサルティングを利用してみようとなるのか、自社のやり方に固執せず外部の意見に耳を傾けるから優良企業になられたのか、どちらかはわかりません。しかし、非常に優れた、実のある経営をされている中小企業の経営者が色んな地域にたくさんいらっしゃると感じています。
私自身、金融機関在職時代にも様々な業種の中小企業の社長と接する機会があり、その後学問として米国主流の「経営学」も学びましたが、人手不足による倒産も起こりうる未知の領域に突入するこのタイミングで、日本企業独自の「経営」や「経営倫理」を、SDGsで重視される「持続可能性」視点でもう一度見直してみる良い機会なのではないかと考えました。
執筆は、今年6月まで信金中央金庫で理事としてご活躍された豊島敦様にお願いしました。各地の信用金庫を通じた中小企業への支援実績もあり、米国での滞在も長くグローバルな知見もお持ちの豊島様から見た、明治期以降の日本企業の強さの根源を『論語と算盤とSDGs』として、お届け致します。
「この企業で働きたい」と選ばれる企業であり、「この会社で働けて良かった」「この人に働いてもらって良かった」とお互いに満足できる関係性を築くヒントとなれば幸いです。
株式会社アスカコネクト 代表取締役 林万美子
論語と算盤とSDGs ①
豊島 敦
新一万円札の顔となった渋沢栄一の功績があらためて注目されている。2021年の大河ドラマ『晴天を衝け』で渋沢の生涯が世に広まり、現在も存続している多くの会社を起業した「日本資本主義の父」を知る方も多いと思う。彼の企業経営の考え方を著した『論語と算盤』は1916年に発行され、2010年に現代語に訳された新書版はベストセラーとなり、現在も書店で平積みされているのを見かける。
「論語」とは企業倫理や経営哲学、「算盤」とは経済合理性、収益性といったところであろう。渋沢は「富をなす根源は何かと言えば、仁義道徳。正しい道理の富でなければ、その富は永続することができぬ」という。「論語」と「算盤」、企業倫理と収益のバランスをとり両立させるべしという渋沢の思想は、「道徳経済合一説」と呼ばれている。米国で企業の法令順守(コンプライアンス)が重視されるようになったのは1960年代、その後、企業倫理が学問として確立されたのは1980年代と言われており、この事からも渋沢の先見性は明らかである。
しかし、この渋沢栄一に大きな影響を与えた先人がいるのはご存知だろうか。その人物は二宮尊徳である。薪を背負った塑像で知られているが、江戸時代末期に農村復興に尽力した功績など、彼について深く知る人は少ないのではないだろうか。彼の唱えた「報徳思想」は弟子たちにより思想が体系化され、渋沢栄一のみならず、豊田佐吉、安田善次郎、御木本幸吉、松下幸之助ら多くの起業家達に影響を与えた。報徳思想の基本的な考え方には道徳と経済の両立があり、「経済なき道徳は戯言、道徳なき経済は罪悪」という格言がある。道徳的に正しい行いであっても経済合理性がなければいけない。一方、道徳に反して利益のみを追求することは罪悪だとしている。サステナビリティ、持続可能な経営とはどうあるべきかの本質をついているのではないか。
また、大阪商人・伊勢商人とならぶ江戸時代の三大商人である近江商人の経営哲学を表す言葉として「三方よし」がある。三方とは、売り手、買い手、世間をさし、商売の継続には、商いの当事者だけでなく、世間(社会全体)への貢献が不可欠であるとしている。伊藤忠商事を興した伊藤忠兵衛は近江商人であり、同社のHPでは、伊藤忠兵衛の経営哲学が詳細に紹介されている。近江商人もまたサステナブル経営の実践者といえるのではないか。
2015年9月の国連サミットにおいて、SDGs:Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)が加盟国の全会一致で採択された。SDGsは、2030年までに持続可能でよりよい世界を目指すとされる国際目標であり、17のゴール・169のターゲットから構成されている。SDGsが公表された当初はつかみどころがなかったが、本質が理解されていくと、こんなことはうちの会社ではやっている、先代が口うるさく言っていたことと同じではないか!などと、「今更感」を感じた経営者も多いのではないだろうか。
SDGsの根底には、「誰一人取り残さない」、企業を取り巻くステークホルダー、社会全体の利益を損ねては経済の持続的な発展は難しいという考え方がある。国連によりSDGsという言葉で啓蒙されなくとも、近江商人の「三方よし」、二宮尊徳の「報徳思想」、渋沢栄一の「道徳経済合一説」など、農耕民族で儒教的思想が染みついた日本人は持続可能な経営手法を自然と体得しているのではなかろうか。この連載では、明治期以降の起業家たちをとりあげ、こうした日本的なサステナブル経営について考えていきたい。
豊島 敦 (Toyoshima Atsushi)
株式会社アスカコネクト 顧問
新卒で全国信用金庫連合会(現 信金中央金庫)に入庫、おもに投融資業務に携わる。1997年~2002年ニューヨーク支店にて、北米クレジット投融資、ストラクチャードファイナンス投資などを担当。その後、ニューヨーク駐在員事務所長、名古屋支店長、法人営業推進部長、中小企業金融推進部長を歴任。2021年理事に就任、2024年6月退任。W.P. Carey School of Business , MBA