Newsletter vol.29 論語と算盤とSDGs③ <渋沢栄一>
豊島 敦
今年10月、突然の船井電機の破産申し立ては大きなインパクトをもたらした。現在も同社の動向を注目されている方も多いのではないだろうか。また2024年3月期に会計不正を公表した企業数は45社、3年連続で増加し、過去最多の2021年3月期(47社)に迫った。*1 所得税の追徴課税も1398億円と過去最多を記録しているという。*2 古今東西、企業の経営破綻は、業績不振そのものよりも不正会計を引き鉄とすることが多い。四半期毎の決算発表に追われ、目先の危機を乗り超えればなんとかなるだろう、自分の在任期間中だけは赤字を避けたい、といった短期的思考に陥り、「入りを水増し、出ずるを隠す」不正会計に走ってしまうのではないか。
近代日本資本主義の父とも言われる渋沢栄一は「正しい道理の富でなければ、その富は永続することができぬ」と考えていた。今回は渋沢の考える正しい道理的な算盤勘定とはどのようなものであったのか考えてみたい。
渋沢は、本稿のタイトルとしている『論語と算盤』の中で二宮尊徳が改革を指導した相馬藩の「興国安民法」について紹介している。この法は、「至誠」「勤労」「分度(ふさわしい支出の限度を定める)」「推譲(将来に備えること、他人のために収入の一部を譲ること)」を原理とし、実施にあたっては働き者の表彰に加え、農具や金銭といったインセンティブを与え、困窮者への助成や堤・用水路の整備なども行ったという。*3
「分度」「推譲」については180年の財政の統計をとり、60年ごとに3期間に分け、3 期間それぞれの平均歳入を算出、その中位となった平均歳入を藩の標準的な歳入と定めた。また、180年を90年ずつ2期間にわけ、それぞれの平均歳入をとり、低いほうを藩の歳出の限度額とし、標準的な歳入を上回った年は、その余剰資金で荒地を開墾したという。
こうした報徳思想の財政管理の手法は、「入りを量りて出ずるを制す」(収入を把握して、それに見合った支出とする)という格言で知られている。家計も収入が増えると支出も増えがちで、一旦大きくなった支出をサイズダウンするのはなかなか難しいというのは皆さんも共感されるのではないだろうか。尊徳のこれらの取組は、現代風にみれば、管理図的アプローチで歳入を管理、予算化する事で変動幅を出来るだけ小さくし、プラスに転じた分(上方管理限界線を越えた分)は長期的な投資計画にまわし、藩の財政再建を行ったという事だろう。
この中でも特に興味深いのは、歳出の限度を、過度に低く設定していないところである。「パンデミックの再来」、「リーマンショック級の景気後退」など 100 年に一度のリスクを議論していては、なかなか経営判断を下せないが、合理的に見積もり、備えるべきリスクを把握しておくことが大切だと江戸時代の尊徳は考えていたようである。
現代の企業経営では、増収、増益、右肩上がりの成長を求めがちであるが、景気には波がつきものである。常に成長し続けることに道理はなく、サステナブルではない。渋沢が称賛した興国安民法は、しっかりとした統計的な裏付けを基にシンプルでわかりやすいルールを設定することで、財政規律を保ちつつ将来への投資も着実に行う工夫がほどこされている。
平成の経営の神様、稲盛和夫氏も二宮尊徳の「入りを量りて出ずるを制す」を経営のモットーとしていたようだ。JAL の会長就任の記者会見で「航空会社の経営の経験がないのに、どうやって再建していくのか」と意地悪く記者に問われ、「事業経営の原点は『入るを量って出るを制す』、つまり収入を増やして費用を減らすということにあります。それしかありません。製造業でも、通信業でも企業経営する上での原点になったので、その 1 点で経営を見ていきたいです。」と語った。その後のJALのV字回復、スピード再建はよく知られているとおりである。幕末に各地の再建請負人であった尊徳の思想が時代を超えて受け継がれ、JALを再建したと思うと感慨深い。
2000 年代初頭、米国でエンロン、ワールドコムなど不正会計による大型破産が相次ぎ、SOX法が制定された。その後、日本でもいわゆる日本版SOX法が制定され、監査制度の強化、社外取締役制度導入などコーポレートガバナンス強化の法制度が整えられた。こうした制度改革の一方、某電機メーカーは、 2008 年のリーマンショックによる業績不振を契機として社長の「チャレンジ」の号令のもと、架空の売上を 6 年にわたり計上し続けた。こうした虚構の経営がサステナブルであるはずもなく、結果的に2014 年に経営危機に陥った。米国でもSOX法施行から20年あまりを経たが、監査役や社外取締役が社長の「お友達」だらけでガバナンスの実効性があがっていないのではないかとの声も聞かれる。
渋沢も「株式の相場を釣上げて置かぬと都合が悪いと言うて、実際は有りもせぬ利益を有るやうに見せかける」悪徳重役がいると嘆き、こうしたことは「道徳の修養を欠けるよりして起る」と断じている。経営者のモラルが低ければいくら法制度を強化しても、仏作って魂入れずとなってしまう。やはり論語も大切であるということを今一度肝に命じたい。
【参考・引用】
*1:日本経済新聞 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOTG162740W4A710C2000000/
*2:NHK https://www3.nhk.or.jp/news/html/20241129/k10014653461000.html
・渋沢栄一 守屋淳訳 「論語と算盤」ちくま書房
・松沢成文 「教養として知っておきたい二宮尊徳」PHP出版
・ITmediaビジネス「日本航空再生の青写真は描けるか――稲盛和夫新会長就任会見」
豊島 敦 (Toyoshima Atsushi)
株式会社アスカコネクト 顧問
新卒で全国信用金庫連合会(現 信金中央金庫)に入庫、おもに投融資業務に携わる。1997年~2002年ニューヨーク支店にて、北米クレジット投融資、ストラクチャードファイナンス投資などを担当。その後、ニューヨーク駐在員事務所長、名古屋支店長、法人営業推進部長、中小企業金融推進部長を歴任。2021年理事に就任、2024年6月退任。現在は常勤の他、株式会社地域金融研究所 特別顧問、クオンタムリープベンチャーズ株式会社 アドバイザー、 及び Tranzax株式会社 顧問を務める。
W.P. Carey School of Business , MBA