Newsletter vol.30 新春特別対談『経営者・幹部のリスキリング』
2021年あたりから「人的資本経営」や「リスキリング」という言葉を耳にする機会が多くなった。これまでの流れは図1にまとめた通りであるが、皆さんの会社ではどのような取組が行われているだろうか?
アスカコネクトでは、若手人材を対象に、ヒューマン・スキルやコンセプチュアル・スキルを育てる階層別の研修を実施している。先日、若いうちの教育が如何に効果的であるかを実感する体験を得た。この事をきっかけに、企業として「人的資本経営」や「リスキリング」にどう取り組むべきかを考えるうちに、若手人材の育成だけでなく「人的資本」の最重要人物である経営者や幹部社員の人的資本向上やリスキリングを積極的に行うことで、飛躍的な企業価値向上に寄与するのではないかと思い至った。丁度2024年の年末に二人の年長者と対談の機会を得たので、皆さまに記事としてシェアしたいと思う。
<対談メンバー紹介> 3人は2014年から関西学院大学経営戦略研究科に在籍した同窓生である
・長沼恒雄(ながぬま つねお)(文中、Nと表記):アスカカンパニー(株)代表取締役兼CTO、(株)アスカコネクト取締役
・寺島喜芳(てらしま きよし)(文中、Tと表記):神戸の大手製造業で広報部長を務める。定年退職後にキャリアコンサルタントの資格を取得し、現在は大阪府の就労支援事業に携わっている。
・林万美子(はやし まみこ)(文中、Hと表記):(株)アスカコネクト代表取締役 新卒で地域金融機関に就職、在職中にMBAに通う。2018年長沼氏とともにアスカコネクト起業。
経営者・幹部社員の学びのきっかけ
H:今日はお時間ありがとうございます。MBAのプチ同窓会のようでうれしい限りです。さて、お二人は、リカレントやリスキリングという言葉が出るかなり前、2014年にビジネススクールに入学されています。長沼さんは経営者、そして寺島さんは大手上場企業の幹部としてご活躍され、大変お忙しい時期だったと思うのですが、そんな中でもビジネススクールに通おうと思われたきっかけをお聞かせください。
N:僕は「もしドク」でも書いたように、当時は会社が急拡大している時期で、人も増えてマネジメントの問題に直面したのが一番のきっかけ。これまでの経営のやり方ではハンドリングが難しくなって、課題の解決方法を見つけるためにビジネススクールに入学しました。
T:私は、会社が敵対的買収にあった事がきっかけです。外資系ファンドの人達が「企業価値向上」のために、ありとあらゆる理論・実践をぶつけてきたんですね。その対応を通じて、業務の延長線のスキルだけでは太刀打ちできない事がある、という事を痛感したんです。その結果、やはり理論やベースになる知識を学ぶ必要があると考えて、入学しました。
H:学びを得て良かったことは?
N:僕の場合、理論通りやることでマネジメントが出来るようになり、会社が構造化された事。授業で出される課題はかなり実務的な内容が多かったので、課題をやることが会社を変えることにつながった。経営者の立場で、学びを実践に直結できた点が良かったと思う。卒業してから会社が変わるのではなく、卒業する頃には会社がかなり変わっていた印象がある。
T:私の場合は、会社全体での実践には至らなかったが、理論を学び、自社と自分の経験にあてはめて捉え直す事ができたのは良い経験だったと思う。あとは、人との縁、仲間ができた事かな。
H:長沼さんは経営者として直接変化を起こす事ができたという事ですが、寺島さんのように上司がいる立場で変化を起こせるかというと、なかなか難しい気がします。ということは、やはり経営者や幹部が率先して理論を学ぶ方が良いのではないかと思うのですが、この点については如何でしょうか?
N:僕の場合は、「理論が正しい」と思って学び始めたというのではなく、課題があって解決する方法を探していて、その一つとして理論を実践してみたら、うまくはまった感じかな。製造業というのもあって、これまで現場重視で育ってきたけれど、理論を学ぶ事で今まで知らなかった世界に出合えたと思う。実は、学校に行くまでアスカには中期経営計画が無かった。でも、学びを深めるうちに中小企業にも経営理念や中期経営計画が必要だという事に気づいて、すぐに作ったんです。それでまた会社は良くなって行ったと思う。
H:今ではコネクトのクライアントに「中小企業も企業理念、中期経営計画は絶対必要です。作りましょう!」と、実体験を基にお伝えしていますからね。こういった事はトップダウンでしかできないので、やはり経営層にその重要性に気づいてもらう事が必要だと実感しています。
逆に、長沼さんがビジネススクールに行かず、部下がビジネススクールで学んで、何か進言してきたとしたら、それを受け入れられたと思いますか?
N:どやろなぁ…。それは、分からんなぁ…。でも以前は「中小企業に理屈やら理論はいらん!」とずっと思っていたけれど、自分の学びの経験を振り返ってみると、中小企業でも経営者は経営やマネジメントに関する知識は理論を含めて持っておくべきだと思う。それまでは知識を何にも持ってなかったから自戒の意味も込めて。理論を理解する力をもっていないと、色んな意思決定が頭ごなしになったりして、良いことは無いと思う。
H:なるほど。寺島さんは大企業で働かれていたわけですが、その辺りは如何でしたか?
T:そうですね。大企業の場合、かなり学びの機会は多く与えられていると思います。私がいた会社でも、若手から幹部まで、外部から講師を招いて階層別の教育を施していました。ただ、そういった講習を受けた人が自部署の課題を経営企画レベルまでに昇華できるかというと、そうでもない。専門性が高くなればなるほど自部署の課題に拘ってしまい、会社全体の経営課題から外れる傾向にあった気がします。
学びの機械について
H:学びの機会、という点で言えば、確かに中小企業は不利かもしれません。実際、私の知り合いにも「人は育てたいし、研修も受けさせたいけれど、その時間が捻出できない」と言われる社長さんもいらっしゃいました。アスカではどうですか?
N:今の中小企業の60代の経営者は、がむしゃらに働いて、上の人の後ろ姿を追いかけながらやってきて、確かに学ぶ場も暇もなかった。でも、今アスカでは会社での学びの場を提供しているし、世代や世の中が変われば、もっと人に投資するようになるのではないかと思う。
経営者が自分ゴトとして捉えられるかどうか、に尽きるのではないか。
T:「教育を施して人材を育てないと会社に未来はない」と思わない限り、色々理由をつけてやらないと思いますね。中小企業の経営者であれば、自分の考え一つで何とでも出来るはずですから。
N:人手がない、機械を止めている場合でない、と言って教育をしない会社は多いと思う。ただ、アスカではQC活動を実施しているが、これは皆が楽に仕事が出来るように考える時間であって、機械を止めている時間ではない。効率を上げるための良い循環に持っていく仕組みになっている。
H:今はどこも慢性的な人手不足状態にあると聞きますが、私としては「派遣会社に課金→とりあえず頭数を確保する→すぐに退職する」を繰り返すよりも、会社を少しでも良くして、働きたいと思える会社にしていく努力も必要なのではないかと思っています。実際に、アスカカンパニーも長沼さんがビジネススクールに行った後、じわじわと変化を遂げて、ユースエール、くるみん、えるぼし等の認定を取り、2024年度は全国ホワイト企業ランキング5位になっています。その効果もあり、今のところ新卒採用は毎年継続出来ていますよね。
学びという即効性のないものへの投資について
H:経営者主体となって学びを深め、会社をちょっとずつでも良くしていこうという取組は、時間はかかりますが、会社全体の体質改善につながり、人の問題も減少していくという印象があります。ただ、すぐに効果が出ないのも事実ですし、不確かなものに経営者や幹部の時間を投資するというのは、経営判断としてどうでしょうか?そこに何か課題はありますか?
N:アスカの幹部には「リスキリング」というのはあまり言っていないが、「外部からの評価」を重視している。社内で優秀であっても、それが井の中の蛙であっては意味がない。道場破りではないけれど、外に出て色んな場所で勝負する事で、自分の課題や足らない事に気づいて、学びに繋がっていると思う。幹部以外でも「つくる力」でいえば、熟練技能者の表彰など、県や国で評価されることを目標にしてもらっている。ある程度のレベルになれば、言わなくても気づく能力はある。
H:実際に、学会で発表されたり、大学での講演などもされてますね。経営者はどうでしょう?
N:経営者は難しいな。自分で気付かないとどうにもならない。僕自身はビジネススクールに行って、色んな世代の色んな価値観に揉まれた事が良かったと思う。プライドとか経験が邪魔する人もいるから、一括りには出来ないけれど、僕の場合そういうのはなかったし、会社とは違う解放感が味わえたかなぁ。時間に関しては、経営者が一番どうにでもなる立場ではないかと思う。ただ、「理論」が全てではないから、その人の価値観によるけど。
T:若い経営者は絶対ビジネススクールに行かられたらいいと思いますよ。年齢に関わらずすごく優秀な方がたくさんいるけれど、色んな立場の人と切磋琢磨するのはいい刺激になると思います。
第三者を活用する事の是非
H:ただ、我々3人ともなかなかにハードな2年間を過ごしたので、おススメはしたいけれど、実際もう一度やれと言われると、「もう堪忍して」というのも事実でして…。(笑)なので、経営者自身がそういった学びの時間を確保するのが難しい場合は、我々のような第三者を活用するのは非常にコスパ・タイパともに良いと思うのですが、如何でしょうか?
N:それは、本当にそう思う。言ってみれば、新入社員を一人雇うくらいの金額で、社会保険もボーナスもいらない、いつでもやめてもらえる状態の専門家をつかわないのは、勿体ないと思う。アスカカンパニーでも色んな専門家の先生に来てもらって、知識を提供してもらっている。自分たちだけのクローズな環境では出てこない知恵も得られる。僕なんかが実際にやってきた事からも良い事しかないとおもうけど、嫌がる理由がよく分からない。
H:色んな「コンサル」がいらっしゃいますからね。過去に痛い目を見られた方も多いのかもしれませんが…。第三者を使う場合、やはり目的と期限を決めて活用されるのが健全だと思いますね。コネクトでは「経営者のフォロワーとして、経営者がやりたいことと、現場課題をつなげて、会社の企業風土を大切に全体最適を目指す」をモットーにしていますのでご安心ください。(笑)
オープン化のすすめ
H:経営者だけでなく、組織にも外の風を通した方がいいと思われますか?
N:うん。アスカカンパニーでも、オープン化を進めて、工場や技術を見学で見てもらっているが、見学者から「ノウハウが出ていく事にリスクはないか」と聞かれるが、それくらいで盗まれる技術なんてたいしたことない。逆に来てもらった人達からいい刺激を貰っている面もある。
経営者も同じで、色んな人の意見を聴いたり、外部の人の力を上手く活用して、先入観や思い込みを外したことをやる方がいいことも多い。
H:経営者の思い込みが、逆に企業価値向上の足を引っ張ってしまっている可能性もありますよね。実際、色んな企業様でお仕事させて頂いていますが、第三者の外圧を上手く受け入れてもらっているな、と感じますね。どこの現場も最初は抵抗がありますが…。(笑)組織間のクッションとして第三者が介在する事で、普段はあまり接点のない部署同士に協力してもらったり、知恵を出しあってもらったりして、それがかえって新鮮というか、良い化学反応が起こっている場面はかなり多くあると感じています。
H:持続的な企業価値向上を目指すための人的資本経営において、経営者自身もその人的資本の一番大きな部分を占めると思うのですが、自分自身の資本力向上について、何かご意見ありますか?
N:あとはやっぱり承継の問題かな。オーナー系だと、自分が辞めると言い出さない限りいつまでも居続けてしまうのは問題。僕が既に一線を引き始めているのは、自分が作った会社のプラットフォームの正しさを証明するため。自分が会社にいるとどうしても口を出してしまうけど、敢えてひくことで、経営する人が変わってもきちんとマネジメントが機能するか、会社が成長できるかを見守っている。
育てた人から辞めてしまう問題について
H:ちょっと話がかわりますが、「人を育てると辞めていく」というような話も耳にしますが、こちらについてはどう思われますか?
N:それはある。でも、リクルートなんかは、人を育てて、世の中に社内で育てた人を排出し続けている。それでも企業は成長し続けている、あれが理想やと思う。アスカカンパニーにも辞める人はいるけど、結局は社会の一員やから、辞めた人がよそで活躍してくれるのは大いに良いことやと思う。ミスマッチはどうやってもあるし、合う会社に行って活躍すればいいと思う。
H:合わない会社にずっと居続けるのは、お互いに不幸ですもんね。
N:何かに気付いて出ていくとしても、それだけ育てる力がある会社やという事でもあると思う。
H:ただ、良い人材はどんどんいなくなって、外へ出られない人が残る現象が、世の中ではあるように聞くことも多いですが、如何ですか?
N:そうでもなくて、「合う、合わない」の基準かな。会社にいる人もちゃんと育っているし。
H:人を育てる事をずっとやっていけば、良い人も出ていく可能性もあるけれど、あまり成長したくないという「合わない人」も出ていく。でも結果として、会社全体としては成長し続けられる人が多くを占めるようになる、という事ですね。
T:もうちょっとシンプルに言うと、「育てると辞められる」というのを言い訳にしているだけの企業も多い気がしますね。
H:なるほど。(笑)
N:ただ、僕自身がビジネススクールのあと、博士課程まで行ったのもあって、社員にも「勉強したい人はどんどん学校へ行っていいよ」と言うれども、手があがらない…。背中を見せて、次に続いてほしいと思っていたけれどなぁ…。(笑)
博士課程には企業の人も来ていたけれど、中小企業の人間は僕くらいで、やっぱり大企業の人が多かった。まぁ仕方ない所はあるけど、大きい会社がどんどん強くなるのがよく分かった。
H:なるほど。ここまで色々話してきましたが、総括すると
・経営者として経営の知識・理論は最低限知っておいた方が良い
・経営者自身に学ぶ時間がなくても、
我々のような第三者の力を活用して、新しい考えや価値観を取り入れた方がいい
という事でしょうか。他に何かこれから学んでみようと思われる方にアドバイスはありますか?
N:やっぱりタイミングかな。
T:そうですね。僕もそう思います。
H:そうですね。思い立った時が一番のタイミングですよね。気力、体力が備わっていて、勉強に時間を費やせる時って本当に限られてますから。という事で、本日はお二人の貴重な時間をありがとうございました。
参考・引用
・https://www.ntthumanex.co.jp/column/reskilling/
・https://biz.teachme.jp/blog/reskilling/
・https://hq-hq.co.jp/articles/240403_028#index_zL8jSpdo
・新しい資本主義の グランドデザイン及び実行計画 2023改訂版
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/pdf/ap2023.pdf
・持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書~人材版伊藤レポート~(概要)
https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/kigyo_kachi_kojo/pdf/20200930_4.pdf
・持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書~人材版伊藤レポート~(概要)
https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/kigyo_kachi_kojo/pdf/20200930_4.pdf