Newsletter vol.20 社長が博士課程の学生になると何が起こったか⑥
長沼 恒雄
前回は、私の東北大学との出会い、光刺激装置(MiLLS)を共同で開発した話をした。
その後、MiLLSの販促や研究者の要望を聞かせてもらうために、生理学や生命科学分野の学会で企業展示を行なった。この事をきっかけに、大学をはじめとする研究機関の多くの先生方と接する機会が増えた。それまで、私はプラスチック関連のサプライチェーンの中で仕事をしていたので、脳科学関係の研究者の方々との出会いは異次元の世界であり、戸惑うことも多かった。そんな中、2011年9月に愛知県の生理学研究所で開催された学会で、オプトジェネティクスの研究に使われていたロボット顕微鏡の講演を聴く機会を得た。講演されたのは開発者の東北大学の橋本先生で、のちに博士課程で研究指導を受けることになる人である。
そこから、1年ほど経ったある日、橋本先生からロボット顕微鏡にMiLLSを取り付けたいという相談を頂いた。研究内容やMiLLSの仕様などを先生と何度も打ち合わせ、2013年2月にMiLLSを研究室に納入した。その後、フォローアップや追加装置設置などで先生と話をする機会も次第に増えた。先生の専門分野はコンピュータビジョン(1)、制御工学(2)、ロボティクス(3)などであり、生産工場の技術と密接な関係がある。
当時、私は本業の成形加工において大きな課題を抱えていた。ハイサイクルで稼働する射出成形機の重大故障が続出していたのである。1か月間ほど機械が止まることもあった。当然、工場全体の生産計画に大きな影響をもたらす大きな問題であったが、故障の原因が成形機の設計に関わるものだけに、簡単に解決する問題でもなかった。こうなれば、成形機メーカーはあてに出来ない。「自分の身は自分で守る」しかない。その当時、既にアスカカンパニーの工場では、成形機から膨大な稼働データを取得する独自のシステムが構築されていた。私はこれらのデータを使って、機械の故障予測、予防保全ができないかと考えた。そうすれば、重大な故障を未然に防げる。この分野に関係する情報を書籍やネット上で調べたりするが、雲をつかむようなことばかりでさっぱりわからなかった。
そこで橋本先生に相談をしてみたところ、「機械の故障予測の研究はしたことはないが、専門分野でもあるので、指導は出来るだろう」との回答をもらった。私は共同研究程度と考えていたが、先生から「博士課程の学生になって私の研究室で本格的に研究してみては」と勧められた。そうなると、まずは入学試験に合格しなければならない。ハードルは高そうだが、成形機の故障問題をなんとかしたかった。当時はまだビジネススクールに通っており、その感覚のまま、何とかやれそうな気になってしまった。
ビジネススクールも終盤に差しかかり、課題研究も仕上げながら、次の博士課程の入学試験の準備も進めた。2016年1月に課題研究論文を仕上げて、3月に入学試験を受けた。同月にビジネススクールも修了した。今思うと、どこからそんなパワーが出てきたのか不思議である。
東北大学から合格通知をもらい、4月から博士課程での研究がスタートすることになった。6年前に仕事で初めて訪問した大学であるが、まさか、自分がここの学生になるとは夢にも思わなかった。
(1)コンピュータビジョン
コンピューターとシステムがデジタル画像、動画、その他の視覚データから意味のある情報を導き出し、その情報に基づいて対処し、推奨を行うことがきるようにする人工知能(AI)の分野のこと。(引用:https://www.ibm.com/jp-ja/topics/computer-vision#)
(2)制御工学
入力および出力を持つシステムにおいて、その出力を自由に制御する方法全般にかかわる学問分野を指す。主にフィードバック制御を対象にした工学である。(Wikipedia)
(3)ロボティクス
ロボットのフレームや機構を設計する機械工学、ロボットに組み込んだモータを動かす電気回路を制作する電気・電子工学、ロボットを制御するプログラムつくる情報工学に関する研究を総合的に行うロボット工学のこと。(https://www.ntt.com/bizon/glossary/j-r/robotics.html)
長沼 恒雄
株式会社アスカコネクト 取締役、博士(情報科学)・MBA
アスカカンパニー株式会社の代表取締役 兼 CTO、加東市商工会副会長。
大学を卒業後、株式会社サクラクレパスで品質管理を担当。その後、父親の経営するアスカカンパニー株式会社に入社し、アメリカの現地法人社長などを経て、2代目の後継者として約20年間社長として会社を牽引。現在は3代目である弟の長沼誠に社長をバトンタッチ。