Newsletter vol.19 社長が博士課程の学生になると何が起こったか⑤
長沼 恒雄
ようやく、本題の博士課程の話に移る。私はビジネススクールを2016年3月に修了し、翌月の4月には東北大学大学院 情報科学研究科 博士後期課程に入学した。まず、なぜ東北大学か?というお話をさせてもらう。
東北大学を初めて訪問したのは2010年6月、商社さんに同行した。アスカカンパニー東北工場で取引のあった光学機器商社の方が、弊社が画像検査装置を内製化していることを知っていたのがきっかけである。商社の顧客先でもある東北大学の先生が画像処理技術をもっている会社を探しているので、先生の話を聞いて欲しいと持ちかけられた。事業領域が全く違うので、あまり気が進まなかったが、普段からのお付き合いもあったので、同行訪問することにした。訪問先は生命科学研究科 脳機能解析の八尾研究室であった。後になってわかったのだが、八尾先生は日本のオプトジェネティクス(1)の第一人者であり、その分野では著名な方であった。
オプトジェネティクスは線虫、マウスなどを使った脳機能解析を顕微鏡用いて行われることが多い。研究の進展に伴って、顕微鏡内の生きた脳細胞の任意の位置、時間、波長、強度で多点同時光刺激を行う装置を必要とされるようになってきた。当時はそのような機能を持った光刺激装置は存在しなかったため、八尾先生は装置を開発できる会社を探していた。
読者の方は、顕微鏡という言葉から、中学校の理科の実験で触った程度のものを連想されると思うが、研究で使われる顕微鏡はシステムとして構成されることが多く、全体で数百万から数千万円の値段がする。
初回の訪問で、先生から脳、光遺伝学、顕微鏡の構造などの話を聞いたが、門外漢なのでほとんど理解ができなかった。しかし、なんとなく面白そうだったので、私がリーダーとなり、社内の開発部門の数名と開発チームを編成した。オーナー社長の特権は、やりたいと思えば、なんでもやれる。経営学的には企業のガバナンスに問題があるということになるが。
当初は八尾先生の要望を聞きながら、共同で試作装置の製作を行った。八尾研究室の実験により性能評価をしてもらい、アスカカンパニーの開発チームにフィードバックすることを何度も繰り返し、装置の実用化に取り組んだ。また、開発チームは脳神経科学の領域において世界的な学会であるThe Society for Neuroscienceや国内では日本神経科学大会などに試作装置を出展し、他社メーカーの動向や研究者の意見の情報収集も行った。その結果、光刺激装置の実用化に成功し、装置の名称を多点独立光刺激装置(MiLSS)とした。
その後、多くの国内の学会などを通して、MiLLSを紹介し、研究者の関心も高まった。知財としてもMiLLSは、2011年にアスカカンパニーと東北大学の共同で特許出願が行なわれ、2016年に権利化された。この活動が、のちに博士課程でお世話になる情報科学研究科の先生との出会いにつながっていく。次回はそのお話をする。
(1)オプトジェネティクス(光遺伝学)
光を利用して特定の遺伝子や神経細胞を制御するための技術および手法である。この分野は、遺伝子工学と神経科学の手法を組み合わせ、生物の神経回路や細胞の活動を光によって操作することを可能にする。この技術は2005年にスタンフォード大学のカール・ダイセロス教授によって初めて示され、脳機能解析における脳の刺激方法にイノベーションを起こし、脳の仕組みの解明に大きく貢献している。
長沼 恒雄
株式会社アスカコネクト 取締役、博士(情報科学)・MBA
アスカカンパニー株式会社の代表取締役 兼 CTO、加東市商工会副会長。
大学を卒業後、株式会社サクラクレパスで品質管理を担当。その後、父親の経営するアスカカンパニー株式会社に入社し、アメリカの現地法人社長などを経て、2代目の後継者として約20年間社長として会社を牽引。現在は3代目である弟の長沼誠に社長をバトンタッチ。